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- 2017.11.15 Wednesday
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「うわあ凄い霧っすねえ。まるで『サイレントヒル』みたいだやべえ」
助手席でカーナビとスマホで経路検索をしているのは帰還兵くん。
「さすが“教団”が拠点を置くだけのことがある、うひょー」
「おい!」
ハンドルを握るのは井苅。
カーナビの誘導で県道から外れ脇道に入ったものの、視界の悪さ、路面の悪さ、まるで迷路のように枝分かれした道の連続でなかなか目的地に着かない。
「なんかこの道さっきも通ったんじゃねえの?」
「そうっすか?ナビだとその先を右折らしいっすけど」
「その先ってどっちの道だよ。手前か?奥か?」
「あ、まってください!何かいる!」
「牛じゃねえか」
1頭の牛が牧草を食む姿が霧の中にかすかに見える。
いや、1頭ではない。よく辺りを見渡せばそこかしこに牛がうごめいている。
「上九一色村は酪農が盛んだからな」
「もう上九一色村なんてとっくにないっすよ。今は合併して富士河口湖町になったっす」
「え?そうなの?」
「オウム真理教のせいで悪いイメージが付いたんで合併にかこつけて葬りさったって言うか…」
確かにあの時は大騒動だった。
普段は地元酪農家ぐらいしか通行しない道路を日本各地から車に乗った野次馬が押し寄せ渋滞させていた。
井苅も父親に連れられてサティアン見物に訪れた。
検問で警察に止められ運転免許証を提示する父親の姿を憶えている。
「あ、ここっすよ、富士ヶ峰公園、間違いないっす」
誰もいない駐車場に車を入れて公園へと進む。
トイレや東屋が設置されていて花壇もあってとりあえず公園としての体裁は整っている。
しかしこの霧の中。いったい誰がどのような目的で使用するのだろう。この状況では想像するのが難しい。
「この敷地内に慰霊碑があるはずなんすよ」
霧をかき分けるように二人は公園内を歩く。
「あった!これっすよ!」
そこにはだた『慰霊碑』とだけ彫られた小さな石碑があった。
「これじゃ何を慰霊してんだかわかんないっすよ!」
「何を言う。ここに村民の葛藤がよく表れてるんじゃねえか」
自分たちがオウム真理教のせいで辛く苦しい目にあったから、被害に遭った人々の苦しみはよくわかる。だから彼らのために祈ってあげたい、でも、もうオウム真理教に関わらされた過去は忘れたい…。
「こんな僻地を一生懸命開墾したのにさ、それがオウム真理教のせいで台無しにされたんだ。自分たちの愛したこの村の名を自らの手で葬り去らねばならなかったこの辛さがわかるか?多分俺たちには想像もつかない苦しみだっただろう。その胸の内がこの碑には表れてるんだ。だから俺たち部外者は軽々に物見遊山でここに訪れちゃいかんのだ。俺はいま自分がやってることを恥ずかしく思う」
「……」
「…とでも言っときゃいいか?」
「はあ?!」
人はそれが自分に降りかかるまで、他人の痛みや苦しみが解らない。
ちょっとは想像力を働かすことのできる人間になりたいなあと思いつつ、井苅は慰霊碑に向かってそっと両手を合わせるのであった。
「で、次はどこへいくんだ?」
「コウモリ穴へ行きたいっす。行ったことないんで」
(26.10.5)