スポンサーサイト
- 2017.11.15 Wednesday
一定期間更新がないため広告を表示しています
- -
- -
- -
- -
神馬晴華…元看護師。職業不詳。自称“井苅の姉”
井苅和斗志…十数年前に夜学で晴華と出会う。連日飲みに連れまわされていた
「ちょっと〜キミはいったい集合時間をなんと心得ているんだ?」
井苅が地下鉄三田線白山駅の改札を出ると派手な赤色のワンピースを着た長身の女性が立ちはだかった。
神馬晴華である。
「あれえ?キミ既に飲んでないかい?」
井苅の顔に鼻を近づけて神馬はくんくんと匂いを嗅ぐ。
「うっ…晴華さんこそかなり匂ってますよ」
その臭気に思わず井苅は顔を背ける。
「いったいどんだけ飲んだんですか!?」
「なにそれ。人を待たせといてなんなのその言いぐさは?」
そう言う問題ではないだろう。日曜日とは言えまだ正午を少し過ぎたばかりである。
「いや、かなり匂ってるんですよ!」
「せっかく紫陽花を見にいくんだから景気づけに昨夜からちょっとね。キミだって飲んだんだろう?文句ある?」
「だいたい『紫陽花はしとしと雨の降る日が美しいです』なんて言っててこの好天はなに?」
今年は梅雨入りが宣言された途端に晴れの日が続いているのである。
「天気のことは俺のせいじゃないですよ」
しかし晴れて明るい方が写真を撮るには好都合なんだよなあと思う井苅。
「まあ、キミのようなトウシロウカメラ小僧にはいい天気なんだろうけどな」
見透かされている。
「晴華さんは何でもお見通しなんですね」
「あのねえ…」
カメラを構える井苅を一瞥し神馬は言う。
「私のことは“ハルカねえさま”と呼べって言っておろうが。キミはいったい日本語が理解できんのかね?」
「や、嫌ですよ、そんな何かのアニメみたいな呼び方…」
この会話、もう何回何年繰り返されたことだろう。
「ああ…?!」
神馬の眉間に不機嫌そうな皺が寄る。
「そ、そんなことより、向こうの露店に生ビールが…」
慌てて構えていたカメラを下し、露店の並ぶ境内へと神馬の背を押す井苅だった。
神社の駐車場はイベント広場として地元自治会が模擬店を出店していた。
たこ焼き、焼きそば、串焼き、焼きトウモロコシ、かき氷に綿あめ等々…お祭りの定番メニューがほぼ揃っていて、しかもその価格は相場よりもぐっと安いのだ。
通常祭りの屋台で買えば500円は取られるであろう生ビールがここでは300円で売られている。
「かあ…この生ビール随分ぬるいじゃないか!」
井苅から手渡された生ビールを一気に飲み干した神馬が叫ぶ。
「おい!そっちの缶ビールの方が絶対冷えひえなんじゃないかね?」
氷水のなかに浮き沈みする缶ビールが強い日差しをきらきらと反射している。
井苅はあわてて缶ビールを買いに走る。
「それにしても紫陽花って随分といろんな種類があるんですね」
色のみならずその花の形など様々な種類が境内に見ることができる。
神馬がスマートフォンを取り出し紫陽花に近づく。
「どっちがいろんな種類を撮影できるか競争だ。このあとの飲みは負けた方の奢りなのだよ」
「え…」
まだ飲みに行くのか。
「まあ、私は全種コンプリートするのでキミには負ける気がしないのだがね」
酒が大好きな井苅ではあるが、このところ過労気味であまり量を飲めそうにないのである。
「お、富士塚が解放されてる」
祭りの期間中は富士塚が公開され紫陽花の咲く道を登山することができる。
「いま登っておかないと、富士山はいつ噴火しても不思議ではないのだ」
「ああ確かにリアルな富士はそうですが…」
「このミニチュアの富士山がその時連動して噴火しないという保証があるのかい?」
「常識的に考えればこれの噴火は全くありません。しかしこのミニチュアを登ればリアル富士登山と同等との信仰がかつてあったことから鑑みればその確証は揺らぎます」
どうやら井苅も酔いがまわったようである。
ふたりは新たな種類の紫陽花を求めて混雑する登山道を登って行くのだった。
(25.7.26)