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    予備自衛隊訓練・朝霞駐屯地食堂での邂逅

    • 2011.11.21 Monday
    • 21:36

         
               SH3E0077.jpg

    会長は予備自衛官である。
    年5日間の訓練に毎年出頭している。
    東京都と埼玉県にまたがる朝霞駐屯地の食堂で一日の訓練を終えてほっとしたひと時、ボリュームのある美味しい夕食にひとり舌鼓をうつ会長だった。
    「ししょー!」
    突然の呼び声。
    茶碗から目を上げると、そこには思いもよらない人物が夕飯を載せたトレイを持って立っていた。
    「革命少女じゃないか!」
    思わず茶碗を落としそうになる会長。
    「おひとりですかあ?ここ一緒にいいですかあ?」
    返事も待たずに会長の向かいの席に着く革命少女。
    「おまえ、いったいこんなところでなにやってんだよ。正気か?」
    「見てわかりません?訓練に決まってるじゃないですか」
    確かに迷彩戦闘服を身につけている。
    髪もばっさりとショートカットに切りそろえ、さながらボーイッシュ少女である。
    「訓練って…おまえもしかして自衛官だったのか!?」
    「やだなあ師匠。ご同業ご同業」
    胸元を見れば右胸にプラ製の白い名札をピン留めしている。現役であれば所属部隊名入りの布製名札が胸に縫いつけているはずだ。
    名札には【予】と記されていて、確かに予備自衛官ではあるようだ。
    「しかも2士って…」
    「そう、予備自補あがりの予備自衛官なんですう」
    予備自衛官補とは自衛隊経験の無い民間人を予備自衛官として採用する制度であり、平成13年度に創設されたものだ。
    一般隊員は3年間で50日の訓練、技能隊員は2年で10日間の訓練を経た後に予備自衛官に任用される。
    「技能だとすぐに幹部か下士官だもんな。てことは一般か。仕事してるのによくもそんな訓練出てる暇があったなあ」
    そう、たった年5日間ですら仕事を休んで訓練に出ることを快く思わない会社は少なくは無い。まして年間16〜18日平均となれば理解を得ることは困難だろう。
    「そ、それは、その時はまだ学生だったから、暇はそれなりに…」
    なんなのだその動揺は。
    「ま、それはともかくですねえ…」
    やおら両手を合わせて革命少女は叫んだ。
    「予備自衛官××2士。夕食いただきますっ!」
    味噌汁を吹き出しむせかえる会長。
    「汚いなあ、何やってるんですか師匠」
    「お、おまえだったか!予備自補上がりの変なWACがいるって噂になってんだぞ!」
    噂によるとそのWACは、階級が自分より上の者と擦れ違う際は「お疲れさまです」と必ず敬礼をする。
    2士は最下級なのですなわちほぼ全ての者に敬礼することになる。
    3歩以上は駆け足で動き、2名以上での移動は号令をかけながら行進。
    課業後は駐屯地外柵沿いをジョギングし体力錬成で汗を流す。
    そして食事の時には大きな声で所属と名前を叫んでいただきますと言う。…
    「どうして?わたし何かおかしなことしてますか?」
    いや、確かにそれは自衛官としては模範となる行動かも知れない。しかしだ、それらが奨励、と言うか教育の一環として義務づけられているのは新隊員などの教育隊だけである。
    一般部隊の隊員にそこまでの行動は求められてはいない。まして予備自隊員なぞお客さん扱いである。担任部隊からすればなるべく大人しくして事故なく怪我なく事件なく、もめ事やトラブルもなく訓練を終了し速やかに離隊していただきたいと言うのが本音であろう。
    「とけ込もうと思って頑張って自衛官らしく振る舞ってたんですけど?」
    「いや、逆に目立ってるって!」
    「ええ?ダメなんですかあ?」
    別に駄目とは言わないが、予備自隊員は既に軍務の一線からは退いている身であり、娑婆での勤務先は本来休日であるはずの身である。研修気分で適度な訓練は望みこそすれ、煩わしいことと厳しい服務はごめんである。訓練が終われば翌日から仕事なのだ。これでは革命少女が他の予備自隊員から疎まれることは想像に難くない。
    「自衛隊なんだからこのくらいが常識だと思ってたんだけどなあ」
    「だから予備自なんだって!俺らは現役隊員じゃないんだよ!」

        SH3E0075.jpg

    「て言うか、なんでおまえこんなところに居るんだよ、革命少女のくせに」
    シーっと口の前に人差し指を立てる革命少女。
    「ここでその名前で呼ばないで下さい。ばれたらいろいろ困るでしょ!ちゃんと××2士って呼んで下さいよ」
    「ばれたらっておまえ、いったい何のために予備自になったんだよ」
    「ふっふっふ、よくぞ訊いてくれました、それは秘密の任務がありまして…」
    「ああ?まさか潜入か?」
    某宗教テロ団体が信者を入隊させていたことが発覚し大きな問題になったことはそれほど昔のことではない。
    「もしやおまえ、事を起こす時の潜入要員ではあるまいな?」
    革命少女の目をじっと見つめる会長の目を見つめ返す革命少女だったが、ふっと表情をゆるめた。
    「あ、あはは、あは、ばれちゃいました?“組織”から自衛隊潜入の密命を受けた特殊工作員、それがわたし…」
    会長は席を立つとやおら革命少女の腕を掴んだ。
    「警務隊に通報する。仲間は何人だ?」
    「またあ、冗談きついですよう師匠…」
    笑いながら見上げると会長は真剣な表情だった。
    背筋が凍る革命少女。
    「ごめんなさい!嘘です!冗談です!」
    革命少女は会長の手を振りほどいて必死に叫ぶ。
    「違うんです、ちょっと面白がって言ってみただけなんです!ほんとにそんなんじゃないんです、わたしひとりだけです、信じて下さいお願いします!」
    涙目になっている革命少女を見て、会長はとりあえず椅子に腰を下ろす。
    「あのなあ、昔の話だが過激派が小銃を奪うために制服を着てこの朝霞駐屯地に入り込んでだな、それで自衛官が殺された事件が起こっているわけだ」
    「……」
    「例え冗談でも言っていいこととシャレにならんことがある。そのあたりわきまえとけ」
    「ごめんなさい」
    「で、本当に他に仲間はいないんだな?」
    「もちろんですよ。同志を誘ったんですがみんなに断られまして…」
    革命少女は悔しそうに続ける。
    「やはり革命に際しては集団を指揮する能力、統制下掌握下に入って連携する能力、そして武器の
    使用法に精通していることが重要です。そのような能力を身につけるのに一番手っとり早い場所と言えば自衛隊です」
    「まあ、たしかにそうだがな」
    「同志諸君はその重要性に気づいていないのです。ただ大衆の数の力だけでは体制を圧倒することはできないんです。過去の例からみれば数を統制し組織的に動かなくては敵は倒せない…」
    「あのさあ…」
    あきれ顔の会長は箸を取り茶碗に手を伸ばす。
    「おまえの“革命”の前提はなんで武装闘争になってんだよ。反体制ゲリラが集まった民衆と共闘して治安部隊を制し革命を成就させるってどこの第三世界なんだ?で、さしずめおまえはレジスタンス部隊の指揮官ってとこか?」
    「えへへ」
    「なにウットリしてんだよ、えへへじゃねえよ!」 

        

    しかし会長はあまり強くは言えなかった。この革命少女の発想の出所が会長にあったかも知れないことに思いあたっていたからだ。
    そう、若き日の会長の妄想。國體護持祖国防衛の民兵として直接侵略・間接侵略と闘わねばならない。そのために自衛隊に入り軍事的技能を修得する。…
    言うまでも無くある高名な作家の影響なのだが、あの当時その行動原理に関して会長が革命少女に語っていないわけがないのだった。
    「まあ、何か事が起これば俺もおまえも招集されて鎮圧部隊の一員だけどな」
    「あっ…」
    あ、じゃない。もしかして今頃気がついたとでも言うのか。
    「そ、そんなの納得できないですっ。わたしが体制の犬だなんて。もしかしてそれで…」
    それで“同志諸君”は革命少女の提案を蹴ったわけなのだろう。当然である。
    「で、でも、いざとなったら辞めて革命軍に合流して…もしくはわたしが部隊を掌握して革命軍に…」
    「おい、やっぱり警務隊へ出頭するか?」
    「え!?いえ、今のはその、話の流れでつい…」
    改めて革命少女の目をじっと見つめ会長は諭すような口調。
    「しかしだな革命少女よ、何もしてなくても月額4000円予備自手当が振り込まれてるんだぞ?貰うだけ貰っといていざ必要とされ招集がかかる時にハイさよならって、それは筋の通らん話じゃないのか?」
    「……」
    「そんな奴の言う“革命”なんて俺は信用できないね。協力したところでうまく利用されて粛清されるのが落ちだ」
    うーん、と革命少女は唸るとてんこ盛りの茶碗を見つめてじっと動かない。
    「おい、何を今さら考えこんでんだ。冷めるぞ、飯を食え」
    はっとした表情でうなだれていた顔をあげると革命少女は手を合わせた。
    「予備自衛官××2士。夕食いた…」
    「それはもうやらんでいいから!!」

            SH3E0076.jpg

    指導のかいがあったのか、革命少女が「ごちそうさま」と大声で叫ぶことなく無事に夕食は終了。
    「このあとお風呂ですよね?師匠も一緒にどうですか?」
    「どうですかって、一緒も何もおまえはWAC隊舎でWAC風呂だろうが」
    「えへへ、冗談ですよ」
    食堂外にある荷物置きの棚に置いてあった自分の風呂用具と着替えの入ったバッグを手に取る会長。
    「お風呂からあがったらピーで待ち合わせしません?」
    「ピーって、ああ、PXか、別に構わんけど」
    「明日射撃あるから耳栓買っとかないと。あ、わたし持ってくるの忘れちゃったんです」
    十数年前のあの日とまさに同じ場所で、相手は違えど同じような会話が交わされている。
    「じゃあまたあとで!待たせたらごめんなさい」
    WAC隊舎に向かう革命少女の後ろ姿を見送りながら会長は軽く目眩を感じていた。
    風呂場前の喫煙所で煙草に火を点け深く吸い込む。

    風呂のあと相手を待ちぼうけさせたのは会長だった。
    「もう、遅いですよ!何やってたんですか!いくらなんでも長風呂すぎます!」
    諦めて隊舎に戻ろうとPXから出てきた革命少女をあわてて呼び止めたのだった。
    「悪い悪い。風呂で一緒になった人と話が弾んじゃってさ、ところで耳栓買った?」
    「もちろんです」
    あ、そう言えばいつぞやも待たせて隊舎に戻るところを呼び止めたんじゃなかったかな。
    あの時は同期の隊員と国際情勢に関して湯船に浸かりながら長話をしてたと思うが。
    「ちょっと師匠、なにをぼうっとしてるんですか?」
    「あ、すまん。なんか昔の記憶が…」
    「でも不思議な感じですよね。ファミリーマートが駐屯地内にあるのって」
    「ああ、前回来た時はまだ無かったんだけどな。これで外出禁止をくらっても娑婆の気分が味わえる」
    「ところで師匠は何を買いに?」
    「お菓子とコーラだ。消灯時間まで読書しながらお菓子を食べる。それが現役時代からの日課でな」
    そう言うと会長はファミリーマートのお菓子コーナーへ脇目も振らず直行したのだった。

    (つづく…かも)




    【おまけ】

    今回の訓練中に会長が居室ベッドで使用した毛布の写真。
    納入が昭和54年度すなわち1979年度になっており今から32年前の品物。
    『婦教』とは婦人自衛官教育隊(女性自衛官教育隊)のことで、おそらくこの毛布は一時期WAC隊舎で使われていたものと思われる。
    氏名欄には糸を使って書かれた名前が残っており「サトウ」さんと「イカラシ」さんが使用したらしい形跡がある。
    油性ペンで書かれた名前が残っていることは珍しくはないが、糸で書かれているのを見たのは初めてである。   
    恐らくこの毛布が原因だろう。
    WACの呪いにかかっている会長が毎夜悪夢にうなされたことは言うまでもない。                                                       

    SH3E0081.jpg

    (23.11.12-21)

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