演習場の怪

  • 2011.05.23 Monday
  • 23:41


「今度の夏コミなんですけど『国民補導聯盟』と言うサークルを立ち上げて同人誌を出す予定なんですよ。
それでですね、なんでもいいのでぜひとも寄稿していただきたいのですが?」
「なんでもいいって言われても困るなあ。なに書きゃいいんだか…」
「そうですねえ、できれば自衛隊時代の体験記とかお願いしたいところですが」
「自衛隊かあ…。こんなのどうだろう。同期の隊員から聞いた話なんだが……」

 
            
  
  新隊員後期教育で8月下旬に野営訓練で東富士に行った。
  塹壕掘って抵抗線や対空陣地を構築して幕舎建てたりで訓練をしてたのだが、
  助教連中も訓練風景の写真を撮ったりして、日中はわりとなごやかにキャンプ気分だった。
  日没後からが本番で各班に分かれて夜通しの歩哨訓練。 
  塹壕で2人組になって警戒監視にあたるのだが、わたしのバディは「見える」と評判のWAC 
   (ワック。女性自衛官)だった。
  彼女はこれまでも隊舎で何かに遭遇したりそれが元で体調を崩したりで訓練を休むことが多く、
    他のWACから疎まれていた。
  今回は別に体調も悪くは見えなかったのだが、日が暮れてから彼女の表情が曇り少し様子が
  変だった。
  まあ思い過ごしだろうと思っているうちにわたしたちバディの番がまわって来て64小銃を構えて
  警戒任務に就く。
  照明の無い林の中、雲も無く満天の星空、暗闇の中に更に黒い富士山のシルエット。
  登山者たちの灯す明かりが山頂付近まで連なっている。
  訓練でなければ口説きたくなるような非常にロマンティックな夜景。
  ゲリコマに扮した助教が状況中襲撃かけてくる可能性もあるので、
  ああ、くだらんこと考えてないで任務にあたらんとなあと思っていると、傍らからカタカタと
  音がする。
  何かなと彼女の方を見るとそれは装具類が発している音で、彼女は小刻みに震えている。
  驚いて「どうした?」と訊ねると
  「そこに今まで見たこともない気味の悪いものがいる」
  と正面の少し拓けた砂利の広場を指差した。

           

  さては敵襲かと良く見るが誰もいない。
  わたしは零感なんでこの世のものでは無いものなど見えるわけもなし。
  彼女の震えは止まらず鉄帽の下は苦悶の表情。
  ポケットから取り出した包み紙には塩が入っていて、それを周囲に撒き目の前に盛り、
  なにやらぶつぶつと唱え始める。
  それでも効果がなかったらしい。
  震えはガタガタと更に大きくなり、息が乱れ始める。
  「だめ…近づいてくる」
  「おいちょっと、落ち着け。深呼吸しろ!」
  「来ないで…!」
  彼女は失神して塹壕内に崩れ落ちた。

  わたしには何も見えなかったし、他の班も近隣で同じ方面を警戒していたんだが何も変なものは
  見なかったそうだ。
  他のWACたちによれば、わたしの気を引くためにわざと倒れたんだろとのことだったが…。
  後日助教たちが撮った写真を現像した。
  なぜかその塹壕付近で撮った写真だけがぶれていて、まともに写っているものが一枚も無い。
  他の場所で撮った写真は大丈夫で特に不審なものは無かったのに、その場所の写真だけは全滅
  だった。
  不思議な偶然もあるものだなあと、その時はあまり深くは考えはしなかった。

          
 
  教育を修了し部隊配属になってしばらくしてのこと。
  愛知県付近から上陸し首都圏に向かって侵攻してくる敵を富士山周辺で迎え撃つ
  と言う想定の演習があった。
  配属後初ながらわりと大規模な演習で、わたしは体調を整え準備万端で臨んだ。
  まずは駐屯地近隣の訓練場に陣地を構築し、敵の状況に応じて富士に移動するため待機。
  夜も遅くなってから連絡が入り3t半の荷台に押し込まれ、富士に向かって出発。
  途中寝てしまったのだが、目がさめると既に演習場の林の中。
  真っ暗な林の中をライトも点けずに低速で進行。
  何十分も悪路をまわって方向感覚が無くなったところで下車。
  休む間も無く「そこに抵抗線を構築せよ」との命令が下る。
  円匙(えんぴ)を手に地面を掘って数分、なにやら目の焦点が定まらなくなってくる。
  手に力が入らなくなって、土を掻き分けることはおろか、円匙を握ることもままならない。
  なんだかまずい状況だぞと思いながら溝の縁に腰掛けて周囲を見回した。
  闇に目が慣れればそこは見覚えのある景観。
  あのWACが失神した場所とおそらく5mと離れていなかった。
  このまま掘り進めて行けばまさにあの時の塹壕と同じ場所を掘ることになる。
  まさかそんな、あの出来事と関連はないだろうと思うものの、
  頭がぼうっとしてきて地面がグラグラと揺れているような気がして立っていられない。
  近くにいた仲間が異変に気付き、わたしは抱えられて中隊の天幕へ担ぎこまれた。
  体温を計ると既に40℃を超えていて、ここでは手に負えないと衛生隊へ引き渡され野戦病院へ。
  衛生隊の天幕でひと晩経過をみたが熱は下がらず上がり続け、危険な状態となったため
  富士病院へ緊急入院となった。
  
  しばらく入院してなんとか危機は脱したが、あの場所に着いた直後に熱発したことは
  偶然にしてはどうも不気味に思われた。
  例のWACに病院から電話してみた(違う部隊所属なので演習には参加してない)。
  やっぱりね、と言った感じの反応。
  あの場所に何かあったのか?何を見たのか?今回の熱発と関連があるのか?とのことを訊ねた
  のだが、返事ははぐらかされた。
  声の感じから軽く薄笑いを浮かべているような雰囲気。
  こっちは危うく死にかけたんだぞと思いながら電話を切った。
  駐屯地に戻ってから諸先輩方にあの場所についてそれとなく訊ねてみたが、
  特に何かいわくのある場所では無いようだった。
  彼女に関連した何かだったのか、それとも山、演習場にまつわる怪奇だったのか、単なる偶然だ
  ったのかは結局わからず仕舞い。
  それにしても、失神、ぶれた写真、熱発と、偶然にしては妙なことが同じ場所で続いたなと思う。…
  


「…てな話なんだけど、いかがだろうか?」
「あのう、ひょっとしてそれ自分自身の体験談とかじゃないんですか?」
「ノーコメント」
「これって本当に実話なんですか?」
「…ノーコメントだ」。


   


(初出:2ちゃんねる/23.5.21改稿)

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